立派なレジュメ集

minamasa2005-09-24

今日は午後から、22日にここにも書いた東アジア近代史学会の日露戦争100周年シンポジウム「20世紀東アジア世界と日露戦争」に行ってきました。
昨日はパネル・ディスカッションがあり、
本日と明日は午前と午後で、2部構成の全体会と4つの分科会でのシンポジウムということになります。
本日の午後は、
分科会①:日露戦争大韓帝国
分科会②:日露戦争の時代―体験・記憶・メディア
という2分科会が設定されていました。
私は、最近「記録」「情報」といった側面から歴史を考えることに関心があるので、分科会②に参加してみました。
専門が日本古代史の私にとって、他時代・他分野の学会に参加し報告を聞くことは、とてもたいへんなことですが、いざ参加してみるとなかなか刺激的なものとなりました。
分科会の報告者と題目は以下の通りです。
 新井勝紘「日露戦争従軍日記と軍事郵便―兵士の記録と記憶」
 安村仁志「日露戦争時の正教会と日本―宣教師ニコライの『日記』を中心に」
 稲垣広和「日露戦争と文学―新聞小説に見る『戦時』意識」
 檜山幸夫日露戦争戦没者慰霊―戦争記念碑と戦没者墓碑の視点からみた日本的慰霊のかたち」
○新井報告は、兵士の記録としての従軍日記と軍事郵便を研究史料としてどのように活用できるか、そのエッセンスを紹介しました。日清・日露戦争時の軍事郵便は約4億5000万通あり、後のアジア太平洋戦争とくらべても実に多いとのことでした。その理由は、どうやら検閲の差が影響しているそうです。また、兵士の記録は、彼らの識字能力=教育の状況、リアルタイムでの彼らの認識=戦争への精神面や認識の実態などを教えてくれます。
○安村報告は、ロシア正教会の宣教師ニコライの日記の日本語訳作業から得られた、ニコライの日本での行動や日本正教会の歴史的展開についてなどでした。近日、訳本が刊行されるそうです。
○稲垣報告は、文学の立場から、鴎外や漱石などの文壇活動家とは別の地場で活動する、つまり、従来の文学史には殆ど登場しない新聞小説の作品を中心に、日露戦争前後の「記憶」の経過を検討していました。
○檜山報告は、戦没者慰霊の実態と戦争記念碑の意味を検討。日露戦争前後は、戦没者よりも戦傷者の対処が中心となり、その中で戦没者に対しても慰霊という措置をとっていたことが記念碑などからうかがえるとのことでした。また、日露戦争30周年を契機として、全国に記念碑が多くなり、それが軍国主義的統合に利用されていたという指摘は興味深いものでした。
以上、3時間という短い時間で議論するのはもったいないもので、もう少し総合討論も聞いてみたかったものです。
それにしても、この2日間のために用意されたレジュメ集は、写真の通り、ファイルにとじられ立派なものでした。